「ぅ……」
痛みに小さく息を漏らす。ナイフで深く刺された腹部の傷は、おそらく内臓まで届いているはずだ。
漠然と、しかしはっきりと──助からない、という確信がある。
雨の日の深夜、街灯の光さえ碌に届かない路地裏の袋小路。
誰かが偶然通りかかる可能性はゼロに等しく、自身が助かる可能性もゼロだろう。
動けない。血は凝固する間もなく、雨と共に地面へと流れていく。
通信は届かない。敵のジャミングがかかっているのか、一向に繋がる気配がない。
ウルフの気配すらない。組織の人間も一人残らず撤退しているに違いない。
(…………ひと、り。だ)
思えば、元からそうだった。生まれてからずっと、自分は独りだった。
親など微塵も知らず、ただ兵器であれ、殺戮者であれと育てられた。
いつか捨て駒にされるであろう事を、当然だと思っていた。
なのに。
一人だけ、あの地獄から救い上げられた。
例え、救いの手が気まぐれによるものだったとしても違いは無い。
導かれた先で孤独の冷たさを知った。触れ合いで人の温かさを知った。
嬉しい、という感情を知った。
──いつの間にか頬を流れたのは、雨の雫か否か。
ふと、雨が止んだ。雲の切れ間から光が差し込む。
それに惹かれ、どうにか上体を起こして空を仰ぐ。
空には、青い三日月。
いつか聞いた、誰かの他愛もない噂話が脳裏に蘇った。
『青い三日月──裏月にお願い事をすると、必ず叶うんだって』
「………………」
十年間生きてきて、何一つ願いも祈りも持たなかったけれど。
死の淵にてようやく芽生えた、たったひとつだけの願いを祈った。
「……どう、か。あの人、たち、が──いつまでも、幸せで……あります、ように」
ぎこちない祈りの形で握られていた手が、力なく落ちる。
魂の抜けた体が、人形のように地面に倒れる。
それでも、血だらけで、泥塗れの中にあってなお──
幼い少年は、穏やかに笑っていた。
その全てを見ていたモノは、確かに少年の願いを聞き届けた。
時が止まる。世界が創り変わる。少年の願いが叶うように。
彼が願った、彼のための世界が生まれる。
そして、そのまま時は流れ──
少年の名はリズク・ロンバールド。
貴方の知らない、いつか貴方が否定するべき誰か。
────時の果てで、待っている。